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横浜地方裁判所 平成10年(ヨ)1205号 決定 1999年5月31日

債権者

右代理人弁護士

伊藤幹郎

町川智康

債務者

株式会社Y

右代表者代表取締役

右代理人弁護士

石嵜信憲

森本慎吾

堀越孝

右復代理人弁護士

丸尾拓養

主文

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由の要旨

第一本件申立て

一 債権者が債務者の従業員としての地位にあることを仮に定める。

二 債務者は、債権者に対し、平成一〇年四月一日から本案判決確定の日まで、毎月二四日限り二一万三四〇〇円を仮に支払え。

三 申立費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

一 本件は、債務者が、債権者を雇用していたところ、平成一〇年三月三一日に雇用期間が満了したとして、債権者を雇止めしたことから、債権者が、右雇止めは無効であると主張し、債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるとともに、右雇止めの日の翌日である同年四月一日から本案判決の確定の日まで平均賃金相当額である一か月二一万三四〇〇円を仮に支払うことを求めた事案である。

二 争いのない事実(当事者が明らかに争わない事実を含む。)

1 債務者は、aマンションの管理業務を行う○○グループの株式会社であり、管理員の確保のため、○○グループのマンション管理会社である株式会社b(以下「b社」という。)を定年退職した者等を雇い入れてきた。

なお、債務者とb社との関係は、それぞれに属する管理員をb社が一括して管理するというものである。

2 債権者は、昭和五五年九月二二日にb社にマンション管理員として就職し、平成八年三月三一日に満六五歳で同社を定年退職し、同年四月一日に債務者に嘱託管理員として入社した。

その際の債権者と債務者との間の嘱託雇用契約書二条には「債権者の雇用期間は、平成八年四月一日から平成九年三月三一日までとする。ただし、満了日の一ヶ月前までに債務者債権者双方のいずれかから別段の意思表示がなければ満了日の翌日から、さらに一年間本契約を更新することができるものとし、以降もこの例による。」と、また、一二条には「本契約に定めのない事項については、債務者の定める就業規則、嘱託管理員規程その他の関連規程によるほか、債務者の指示するところによるものとする。」と定められている。そして、債権者と債務者の右契約は、平成九年三月三一日の満了日の翌日に更新された。

なお、債務者の嘱託管理員規程八条二項は「契約期間は原則として一カ年以内とする。ただし、会社と嘱託管理員の双方に異存がない場合には、雇用期間満了の翌日からさらに一年毎に本契約を更新することができる。」と定められていたが、平成九年一二月一日付けで、同項は「契約期間は原則として一ヶ年以内とする。ただし、嘱託管理員の希望により雇用期間満了の翌日からさらに一年毎に本契約を六五歳まで更新する。なお、六五歳を超える嘱託管理員については、会社が特に必要と認めた者に限り、再更新することがある。」と改められている。

3 債務者の管理員には巡回、通勤及び住込の三種類の就業形態があるが、債権者は、そのうち巡回管理員であった。巡回管理員は、複数のマンションを巡回しながら管理する職務を有し、具体的な職務内容は、<1>清掃業務(見回り清掃として状況に応じ重点的に行う。玄関ホール・廊下通路・敷地等の清掃、雨水排水口・側溝の清掃、玄関ガラス拭き、金属部分の磨き)、<2>受付等の業務(居住者との対応、拾得物の取扱い等)、<3>点検業務(建物、諸設備の運転及び諸設備の点検等)、<4>立会業務(共用部分の工事の際の立会)、<5>報告・連絡業務(定時報告等)、<6>管理補助業務(防火管理業務の補助)であり、このうち<1>の業務が重要な職務である。

債権者は、b社横浜支店営業第二部従業員であり担当フロントであるBの監督下に置かれ、債務者に勤務の当初はa1マンション、a2マンション、a3マンションの三棟を担当し、平成九年八月一日からはこれにa4マンションが加わり、四つのマンションを巡回し、それぞれのマンションでこれらの業務を行ってきた。また、債権者は、債務者から磯子区を中心とする第五ブロックのブロック長を命じられ、同ブロックの他の管理人の出勤状況を取りまとめる等の業務も行っていた。

債権者の日常業務は、午前八時ころに担当マンションに出勤し、ブロック内の他の管理人からの連絡を待ち、その出勤状況を確認して、これを取りまとめて管理人主任に報告する、その後、清掃、点検等の業務を行う、一つのマンションに半日間滞在し、二日間かけて四つのマンションを巡回するというものであった。

4 b社のC課長は、平成一〇年一月二七日、債権者に対し、契約を打ち切りたい旨を通告した。その後、債務者は、債権者に対し、同年二月二〇日付の文書により、嘱託雇用契約の同年三月三一日の期間満了により契約を終了する旨を通知した。

C課長やB等は、同年二月一三日、債権者からの質問に対し、契約終了の理由として、債権者には、クモの巣を時々見落とす、事務室で居眠りがある、不在者から部屋の鍵を預かる行為がある等と説明した。

5 債務者における賃金は、月額合計二一万三四〇〇円(基本給二〇万八四〇〇円、ブロック長手当五〇〇〇円)であった。

三 争点及びこれに関する当事者の主張

1 本件の雇用契約は、期間満了により自動的に終了したか、否か。

(一) 債権者

債務者の従業員の大半を占める嘱託管理員の雇用期間は一年間と契約書には記載されているが、実際には問題がない限り契約を更新されており、債権者の契約も更新されているのであり、債権者と債務者間の雇用契約は期間の定めのないものに転化している。

仮に、本件の雇用が期間の定めのないものに転化していないとしても、<1>本件の雇用は、b社との間で継続してきた雇用関係を実質的に引き継いだものであり、極めて常用性が高いこと、<2>契約の更新が常態化し、かつ、解雇通告を受ける半年前に新たにa4マンションの管理を任されており、雇用が将来にわたって継続するものと期待することに十分な合理性があるから、雇用契約満了による雇止めについて、解雇権の濫用の法理が類推適用されるべきである。

(二) 債務者

否認する。高年齢者等の雇用の安定等に関する法律は、四条で原則として定年制を定める場合は六〇歳定年制を義務づけ、五条において定年後の再雇用努力義務を課する年齢は六五歳までとしていること、また、改正労働基準法一四条は六〇歳定年後の労働者については六〇歳定年前の労働者とは別の取扱いを許容していること等から、六〇歳定年後の再雇用については、解雇権の濫用の法理の類推適用はないものと解すべきであり、仮に類推適用されるとしても、更新拒絶が恣意的であり、権利の濫用となる場合に限られるべきである。

本件では、b社と債務者は別法人であり、b社時代の継続雇用が債務者との雇用関係に影響を与えることはない。また、債権者の場合は六五歳を超えての雇用であり、法的に保護される継続雇用を合理的に期待させる事情は存在しない。

2 新契約締結拒否に理由があるか、否か。

(一) 債務者の主張

(1) 債務者は、嘱託管理員の契約を更新するかどうかを、前年の一一月ころから管理員一人一人の業務内容を分析・検討して行っている。その際、<1>勤務状況が著しく優れない者、<2>長期欠勤で復帰の見込みがない者、<3>高齢(原則として七〇歳以上)で、業務に支障がある者、<4>その他、管理員として不適格である者については、契約の更新を拒絶している。そして、債権者の業務態度がマンション管理員としての適格性に欠けていたこと、及び債務者の指示命令に従わず、反抗的態度をとったことから、債権者との契約の更新を拒絶した。なお、債権者と同様b社横浜支店営業第二部の監督下にあった管理員については、債権者以外に五名が平成一〇年四月一日以降の契約を更新されていない。

(2) 具体的には、債権者は、a3マンションにおいて、全体的に清掃が行き届いていない、勤務時間中何度も管理員室で居眠りをする、玄関のクモの巣を何日も取っていない等の業務不行届があり、住民から右の各点につきクレームが出され、また、管理員の交代を要求された。

債権者は、b社時代にも住民から清掃が行き届いていない等のクレームを出されており、管理員としての適格性に欠ける。

(3) Bは、債権者の業務内容をチェックし、債権者に対して清掃問題等について業務改善の指示をしたが、Bが若年であることもあり、債権者は、その指示に従わなかった。例えば、債務者においては、防犯上等の観点から、担当フロントの事前の了解を得ることなく住民から専有部分の鍵を預かることは禁止されており、この点を指示していたのに、債権者は、排水管清掃時や防災設備点検時等に、右了解を取らずに鍵を入れる封筒を作成して住民の鍵を積極的に預かったので、Bはこの点を債権者に注意したが、債権者は、その指示に従わなかった。

(二) 債権者の主張

(1) 債権者が管理員として不適格であることを否認する。債権者は専有部分の玄関前にできたクモの巣を取り除くように依頼された際に、自分は何日かに一回しか来られないから箒等で取るようにした方が良いと返答したにすぎない。

なお、a3マンションで債権者に対するクレームが有ったとされた後においても、債権者は、a4マンションの追加担当を命じられており、このことは、債務者の主張に理由が無いことの証左である。

(2) 債務者では専有部分の鍵を常時預かることは禁止されているが、排水管清掃時や防災設備点検時等に短時間鍵を預かることまでは禁止されておらず、少なくともそのような指示は管理員に対してなされていない。居住者の都合の良い時に何度も業者に来てもらえば管理費の増大に繋がること、右清掃等をしなければ漏水等の危険があることから、部屋番号と名前を記載してもらった封筒に一つずつ鍵を入れて確実に持ち主に返還されるように工夫して保管してきたが、平成一〇年二、三月になってはじめてb社の従業員から指示を受け、その後は、鍵の保管をしていない。

(3) 債権者は、最も長いキャリアの管理員として現場で働く者の立場から上司に意見を述べていたが、これが「面倒な存在」となって債務者において解雇したものである。

3 保全の必要性

(一) 債権者

債権者は、妻と二人で公団住宅に住む、不動産等の資産を持たない給与生活者であり、一ヶ月当たり三一万円の生活費が必要なところ、二〇万五〇〇〇円の年金等のみでは生活を継続することは困難であるから、従業員たる地位を保全し、かつ、賃金仮払を受ける必要性がある。

(二) 債務者

争う。債権者は、c厚生年金基金等からの収入もあり賃金仮払を受ける必要性はないし、また、従業員たる地位を保全する必要性もない。

第三争点に対する判断

一 争点一について

証拠<省略>に前示争いのない事実を総合すると、債務者は、債権者との間で、契約期間満了時に「嘱託雇用契約書」と題する契約書により雇用契約を更新したことが一応認められ、このように契約更新に当たり契約書を新たに交わしていることから、債権者と債務者との間の雇用契約における期間の定めが形骸化しているわけではなく、契約の更新が繰り返されることがあるからといって、右雇用契約が期間の定めのないものに変化したということができない。したがって、この点を前提とする債権者の解雇無効の主張は理由がない。

次に、債務者は、六〇歳定年後の再雇用に当たっては、解雇権の濫用の法理の類推適用はないものと解すべきであり、仮に類推適用されるとしても、更新拒絶が恣意的であり、権利の濫用となる場合に限られるべきであると主張するが、前記争いが(ママ)ない事実によれば、債権者は、○○グループのb社を定年退職した後に、同グループに属する債務者に雇用され、その際の嘱託雇用契約書二条には「債権者の雇用期間は、平成八年四月一日から平成九年三月三一日までとする。ただし、満了日の一ヶ月前までに債務者債権者双方のいずれかから別段の意思表示がなければ満了日から、さらに一年間本契約を更新することができるものとし、以降もこの例による。」と定められていたのであり、かつ、債務者の主張によれば、債務者は、嘱託管理員の契約を更新するかどうかを、管理員一人一人の業務内容を分析・検討し、管理員として不適格である場合には契約の更新を拒絶するが、問題のない場合には契約を更新したのであるから、債権者は、管理員として不適格でない限り、契約の更新を期待し得たのであるから、本件の契約更新拒否による雇止めにおいても、解雇権の濫用の法理の類推適用をすべきである。この点、債務者の嘱託管理員規程八条二項は、平成九年一二月一日付けで、六五歳を超える嘱託管理員については、会社が特に必要と認めた者に限り、再更新することがあるものと改められているが、債権者・債務者間の嘱託雇用契約書一二条は「本契約に定めのない事項」については、嘱託管理員規程によるものと定められており、契約更新については、右嘱託雇用契約書二条の規定が優先して適用されるから、右嘱託管理員規程八条二項の改正規定は、本件の雇用契約には適用されない。もっとも、特に六五歳以上の者の再雇用については、いわゆる働き盛りの年齢層の労働者とは異なり、労働者が年金等を受けていることや、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律四条の二が定年後の再雇用努力義務を六五歳までとしていること等債務者指摘の法律の規定もあり、解雇権の濫用の法理が類推適用されるといっても、自ずから程度の差はあるものというべきである。

二 争点二について

1 次に掲げる疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(1)(ママ) 債権者が担当するa3マンションでは、平成九年六月二一日に第六回管理組合通常総会が開催されたところ、出席組合員五名のうち三、四名から、債権者の業務内容につき、全体的に清掃が行き届いていないこと、エントランスの水洗いの際、水を完全には拭いていないこと、勤務時間中何度も管理員室で居眠りをすること、玄関の同じ位置にあるクモの巣を何日にもわたって取っていないこと等のクレームがあり、一名の出席組合員は、債権者の交代要求をした。同総会に出席していたBは、同年九月一七日に債権者に右の事実を伝えて、それに関する注意を行った。

債権者は、b社に勤務中の平成八年二月一八日に、a5マンションの管理組合臨時総会において、出席していた一五名の組合員から、清掃が不十分である、管理員室で新聞ばかり読む等とクレームが出され、組合理事長から、このマンションの総意であるとして、管理員交代要求が出されたことがある。(証拠<省略>)

(2)(ママ) b社や債務者においては、過去に専有部分のマスターキー等を保管していたことがあったが、専有部分に盗難があった時に管理員が疑われることや防犯上等の観点から、専有部分の鍵を預かることを廃止することとし、管理業務マニュアルに「部屋の鍵・・は原則として預からないようにします」と明記したり、平成七年一一月二日付けの営業本部長の書面や平成八年六月一一日付けの営業統括部長の書面等により、その周知徹底を図ってきた。また、例外的に、緊急時に住民から専有部分の鍵を預かる場合は、管理員が担当フロントの事前の了解を得ることを求めてきた。しかし、債権者は、排水管清掃時や防災設備点検時等に、右了解を取らずに鍵を入れる封筒を作成して住民の鍵を積極的に預かった。Bは平成八年五月ころに債権者に対してこの点を注意したが、債権者は、その指示に従わず排水管清掃時等に住民から専有部分の鍵を預かる行為を繰り返した。

また、債務者は、マンションの水道水の残量塩素を一週間に一度の割合で計測することとしたが、債権者は、そんなのは無意味であるとして、その方針に反発した。(証拠<省略>)

2 右疎明の事実に反し、債権者は、a3マンションにおけるクレームの件は、違法駐車している賃借人に注意したことによる同人からの逆恨みであると主張し、証拠<省略>の陳述書において、その旨を陳述する。しかし、証拠<省略>によれば、当該賃借人は同マンションの定時総会に出席していなかったことが一応認められ、また、債権者が債務者と雇用契約を締結する直前においても、債権者はa5マンションで清掃の不備等を理由にクレームや交代要求がされているのであり、これらの事実を参酌すると、a3マンションにおける右クレームの件は、債権者が主張するような一部住民による理不尽な要求ではなく、客観的に清掃の不備等があり、それを理由とするものと認めるべきである。なお、債権者は、a3マンションで債権者に対するクレームが有ったとされた後においても、a4マンションの追加担当を命じられており、このことは右クレームに理由がないことの証左であると主張するが、証拠<省略>によれば、右追加担当は、管理員相互間のローテーション及び各マンションの所在地の関係から債権者が指名されたものに過ぎず、債権者の勤務態度を考慮してなされたものではないことが一応認められ、右主張に理由がない。

次に、債権者は、排水管清掃時や防災設備点検時等に短時間鍵を預かることまでは禁止されておらず、少なくともそのような指示は管理員に対してなされていないと主張し、証拠<省略>の陳述書において、その旨を陳述するが、証拠<省略>に照らし、事前の担当フロントによる了承が必要であることの指示がなかったとの陳述部分は採用することができない。なるほど、排水管清掃や防災設備点検をしなければ漏水や火災等の危険があることから、右清掃時等において債権者が短時間鍵を預かることは、前記疎明にかかる「緊急時の預かり」として容認されているものと認められるが、債務者においてダブルチャ(ママ)ックをするために事前の担当フロントによる了承を要求することに合理性があり、債権者は、この手続を怠ったのであって、業務命令に違反したものといわなければならない。

3 1に認定した疎明事実によれば、債権者は、清掃の不行届等、業務に支障があり、また、担当フロントであるBの指示に従っていないのであり、債権者は、管理員としての適格性に欠けるといわなければならない。そして、債務者のようなマンション管理会社にとっては、区分所有者による管理員に対するクレームや交代要求は管理契約の更新拒否すなわち業務の縮小に繋がる可能性のある事態であること(証拠<省略>により一応認める。)、債権者は、b社を六五歳の定年退職後に債務者に更新可能との条件付きで一年の期間で就職しており、管理員としての適格性に問題がある場合には契約が更新されないこともあることを認識し得たのであって、このことに月々二〇万五〇〇〇円の年金を受給していることを自認していることを考慮すると、債務者が債権者との契約の更新を拒否することに理由があり、更新拒絶が権利の濫用とはならないものというべきである。

三 よって、その余の点を判断するまでもなく本件申請は理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判官 南敏文)

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